April 11, 2005
長い年月を自らの複製を作ることによって生き続け、人間の歴史に介入してきたマモー。ルパン3世は賢者の石を盗んだことからマモーと渡り合うことになり...。
ルパン3世シリーズの映画ではモンキー・パンチ氏の原作の雰囲気に最も近いのではないかと思う作品です。お色気ありアクションあり(ルパンが不二子の胸を「ポチっとな」したタイミングでマモーが爆発するシーンには笑ってしまいました)、ハードボイルドかと思えば(次元がアメリカの高官に向かって啖呵を切るシーンはカッコイイ!)直後にずっこけシーンが入る。非常にドライでクールかと思えば男同士の腐れ縁も描かれます。敵役のマモーの存在感もイイですね。見た目は父っちゃん坊やにしか見えないんですが、本体がアレだとは(まるでウルトラQに出てくるバルンガですな~。ブルトンじゃなくてね)。一筋縄ではいかない、ひと癖もふた癖もあるルパン一家を相手に回すのにふさわしいです。炎に包まれてそれでも不二子の方ににじりよっていくシーンは結構怖いものがあります。清廉潔白単純熱烈でもなく、小洒落た雰囲気を楽しむわけでもなく、ルパンの乾いた格好よさを楽しめる作品です。
*ルパン3世のTVシリーズでいうと、1971年に放映されたシリーズがイイです(ルパンが緑のスーツを着てる奴ね)。
*ルパン3世ってかなり前ですが実写の映画にもなってました。ただし本当に珍作なので、観ようとする人はそれなりの覚悟が必要かも。
| Permalink
|
| TrackBack (7)
April 02, 2005
1920年代のイタリア。自分に魔法をかけて豚となった男ボルコ・ロッソはアドリア海で空賊相手に賞金稼ぎを続けていた。煮え湯を飲まされ続けた空賊は助っ人としてアメリカからカーチスを呼び寄せる...。
今は酒場の歌手となった、かつての親友の恋人。過去の写真から消された顔。映画の中の1シーンから考えると、恐らくは戦争が与えた心の傷のために主人公は戦闘機乗りをやめたのでしょう。しかし、空への思いは断ち切れなかったため自分に魔法をかけて顔を隠し、賞金稼ぎとして生きることにしたのではないか...など、語られなかった部分でいろいろと想像が膨らむ作品です。加藤登紀子氏の歌もイイです。ストーリーだけでなく、空戦シーンやボルコとカーチスの一騎打ちのシーンも迫力モノです。過去を背負いながら、どこか間抜けなところや子供っぽさも残す男たち。お子様が観ても多分面白くないと思いますが、ある程度年のいった方々にお勧めの作品です。
*主人公の本当の顔って、回想シーンでチラッと出てきますね。
| Permalink
|
| TrackBack (3)
March 28, 2005
子供の身代わりとしてある家に迎え入れられた人工知能を持つ少年型ロボット・デビッド。しかし彼はやがて家を追われてしまい...。
子供の身代わりとして迎え入れられたデビッド。しかし迎える側の夫妻にとって彼は身代わりでしかありませんでした。やがて彼は家を追われてしまいます(このあたり、鉄腕アトムの導入部と似てますな。天馬博士がアトムをサーカスに売っ払う理由もアレですが、この作品でデビッドが追い出される理由も相当です)。ぬいぐるみのクマ(これもロボット)を友として、途中で想像するだけでもぞっとするロボット狩りを何とか切り抜けながら(主人公が少年型のロボットでなかったら助けてはもらえなかったでしょうね...)、願いをかなえてくれると言う女神の元へと主人公は旅を続けます。(えらく姿は違う神様ですが)とりあえず主人公の願いは時空を超えてかなえられることになるわけですが...。あの結末だったら主人公にとって時が止まったままでいた方がよほど幸福だったのではないかと考え込んでしまいました。人間としての感情を与えられなかった方が主人公はよほど幸福になれたのではないか、と(人間としての感情=ハッピーなら人間はとっくにハッピーになってるはずだし)。
*同じようなテーマを扱ったアニメに「人造人間キカイダー THE ANIMATION」があります(原作は石ノ森章太郎氏のコミック「人造人間キカイダー」)。人間の心を持ったピノキオ(=キカイダー)は幸せになれるのか?と言うテーマで、とりあえず人類にとってはハッピーエンドなんですが主人公にとっては最悪のバッドエンド。観終わって欝になった覚えがあります。
| Permalink
|
| TrackBack (5)
March 05, 2005
演習中の自衛隊が丸ごと戦国時代にタイムスリップ!ところがその時代の歴史は彼らが知っている歴史とは微妙に違っていた...。
最新装備を持ったまま自衛隊の一個小隊が戦国時代にタイムスリップしたとしたら、そしてその時代の歴史が自分たちの知識とは微妙に異なっているとしたら...。装備を使って戦国時代の日本で思う様活躍してみたいとやはり思うでしょう。この作品の主人公たちはいきなり征服戦争を始めるわけでもなく、むしろ自分たちがこの世界の歴史に介入して良いのか、守るべき国家がなくなったときに自衛隊はどうするのかを自問しながらも戦いに巻き込まれていきます。最新装備があれば無敵と思いきや、意外にも武田軍に苦戦させられる自衛隊(この辺はきっとベトナム戦争のときのアメリカ軍とベトコンをイメージしているのでしょう)。苦戦の末勝利を収め、天下統一へあと一歩と言うところまで進みますが、思いもよらぬどんでん返しが主人公たちを待ち受けていました。島田和秀、竹吉、庭長秀や三河文康のような登場人物の名前や、主人公がふと口ずさむ「敦盛」でさりげなく伏線が張られていたのですが、やはり自衛隊の面々は歴史的にある役割を持って過去にタイムスリップしたのか...というところが分かるうまいラストです。
*この作品の映画版には確か薬師丸ひろ子もチョイ役で出ていたと思います。武田信玄との戦いをメインにおいたからああいうストーリーになったんでしょうが、「歴史は俺たちに何をさせようとしているのか」というキャッチコピーがあまり生きてなかったような。夜這いシーンは笑いました。
*この作品、コミック化もされています。ほぼ原作に忠実で、こちらもなかなか面白いです。
| Permalink
|
| TrackBack (6)
March 04, 2005
機械化人が支配する未来の地球。機械伯爵の人間狩りにあって母を殺された少年・星野鉄郎は謎めいた美女・メーテルに助けられ、母との約束を果たすため銀河鉄道999に乗り込んで機械の体を手に入れられる星へと向かう...。
かつて一世を風靡した松本零士氏原作のコミックの映画化です。母を殺された主人公が旅を続けるうちに成長し、大人になってゆく物語というと簡単に終わってしまうんですが、旅の最初は永遠の命をどうしても手に入れると考えていたのが、永遠の命よりも限りある命を精一杯生きる方を選び取るというように少しずつ変わっていくところも印象深いですね。せっかく永遠の命を手に入れても人間狩りだのとろくでもないことに時間を費やしている機械化人たちを見て考えが変わったのでしょう(無限の時間を手に入れても、それを有効に使える人は実はごく少ないのかもしれません)。ところでこの映画、主人公の成長(母との約束通りに永遠の命を追い求めるのが最後には自分の考えで限りある命を選択するように変わっていく)の方がクローズアップされてますが、考えてみるとメーテルの方もまた主人公との出会いによって母親の支配から抜け出してるんですね。メーテルの方は以前から母親に従うふりをしていただけのようですが、主人公を助けるためにはっきりと支配的な母親に反旗を翻したことになりますね(それでも母親の支配から完全に抜け切るにはこの次の作品「
さよなら銀河鉄道999 -アンドロメダ終着駅- (劇場版)」まで待たなければならないわけですが)。今は大人になりたくない、成長したくないって言う人がずいぶん多いようですが、その人たちがこの映画を観たらどう思うかちょっと聞いてみたい気がします。
*この作品、TVアニメにもなってかなり長い間放映されていました(TV版では原作と同じで主人公がジャガイモ顔)。皮肉のきいたエピソードあり、悲しいエピソードありで毎週毎週観てましたがラスト近くになって作画がいきなり崩れたのは残念でした...。それと、TV版でも映画版でも原作にあったユーモラスなところがなくなっちゃってたのも残念です(原作ではメーテルなんてけっこうボケをかましてましたし)。
*この映画、ゴダイゴの歌う主題歌もヒットしましたね~。聴いていたら「ガンダーラ」や「MONKEY MAGIC」も思い出してしまいました。
| Permalink
|
| TrackBack (7)
February 05, 2005
小さな島で生まれ育ち、セールスマンとして生まれ育った町で働くトゥルーマン。しかし彼は生まれたときから自分の一挙一動がTVショーで放映されているとは知らなかった...。
誰でも他人の生活をのぞいてみたいという欲求はあるのでしょう(だから芸能番組やゴシップネタが大流行なのだと思います)。しかし、自分のやることなすことが、しかも生まれたときから全てTVで放映されていたとしたら...。この映画の主人公はまさにそんな状態に置かれていました。幼い頃に海岸で怖い思いをしたため(たぶんTV局が故意にやったのでしょうが)、島を出ることは旅行どころか就職でも考えようともしない主人公。優しい妻、気のおけない友人。小さいが居心地の良い町。そのどれもがTVのセットで、現実には存在しない虚構の存在でした。妻も友人たちも俳優としてTV番組に出演しているだけだったのです。気がついていないのは主演の主人公だけ。しかし、どこかおかしいことに気がついて主人公は島を出る決心をします。苦労して船出し、嵐を乗り越えて島を出た主人公が見出したものは...。自分が現実だと信じていたものが実は虚構に過ぎなかったと分かったら自分だったらどうなってしまうのだろうかと考えさせられる作品です。
*主演のジム・キャリーはもちろんですが、エド・ハリスの演技もうまいです。彼は主人公にとって天使なのか悪魔なのか...
*自分が「現実」だと信じていたものが実は誰かの書いた脚本に沿って演技しているだけだった...というと、アニメの「THE ビッグオー」を思い出します。この作品もまた「現実ってなんだろう」と考えさせられます。
| Permalink
|
| TrackBack (8)
January 04, 2005
ある日突然出現した寄生獣。彼らは人間の頭部を乗っ取り、人間に擬態してひそかに人間を捕食していた。どこにでもいる平凡な高校生・新一もあやうく乗っ取られかけるが、辛くも右手に寄生されただけで脳の乗っ取りを免れる。新一と右手に寄生した「ミギー」。彼らの存在が人間と寄生獣のどちらに知られても命に危険が迫る。新一とミギーの生き延びるための戦いが始まった...。
主人公とミギーのコンビのサバイバルもそうですが、寄生獣の存在そのものも強い印象を残します。人間を捕食する存在として現れた寄生獣(生態系の頂点に立つ捕食動物と言うことになるでしょうか)。当然ながら力も非常に強く(なんせライオンでさえ一撃で粉々にしてしまうほどです)、知能も人間並みに高い(高校で教師をしていた寄生獣もいました)。ところが彼らには生物として致命的な弱点がありました。生殖能力がないのです。人間の頭部を乗っ取った状態で2体の寄生獣が交尾しても、それは人間がSEXしたのと同じですから(首から下は人間のままです)生まれてくるのは人間の赤ん坊です。このために自分たちが何のために存在するのかを深く考え込む寄生獣も現れます(大半の寄生獣はいかに安全に自分の食欲を満たすかしか考えていないようですが)。そして遂には笑いという「感情」まで獲得する者も。しかし人間にあまりにも近付きすぎたせいなのか、その寄生獣もまた人間に存在を気づかれて殺されていくのです。ラストがちょっと甘くなったのは残念ですが、大人にお勧めの作品です(スプラッタ描写が盛りだくさんなので、小さいお子さんのいるご家庭にはお勧めしません)。
*ところで、「流氷の天使」と呼ばれる
クリオネですが、
こいつが餌を取るところを見ると寄生獣そっくりです。頭がバクっと割れて、餌を一気に...。これも子供が見たら泣き出すかも。
| Permalink
|
| TrackBack (3)
January 03, 2005
ヒロイン・十村十枝子は女優としてその演技を注目された後作家として芥川賞を受賞し、さらに実業家と結婚。その華麗な履歴の裏にあるものは...。
女優としての演技力、作家としての才能、デザイナーとしての感性...主人公は何一つ自分のものとしては持っていませんでした。自分が何も持っていなかったから逆に相手の才能を完全にコピーすることが出来たのです(これも一つの才能かも。タイトルは昆虫が脱皮するように主人公が次々と華麗な変身を遂げていくところから付けられたようです)。相手の才能を完全にコピーしては次の相手に移ることを繰り返し、自分の正体を探ろうとした週刊誌の記者をたまたま知り合ったテロリストに殺させ、さらにそのテロリストも密告して殺させてしまいます(おまけに、テロ計画まで盗んで小説にしてしまうんですから徹底してますね~)。結婚後も会社乗っ取りの資料を夫の金庫から盗み出し、金と引き換えに横流しするなど徹底して悪の華道を突っ走ってます。ここまで徹底されるとかえって爽快です。ラストでも女流写真家として個展を開き(もちろん彼女自身の才能ではないのです)、華麗なる脱皮を続ける主人公。昆虫なら脱皮の回数に限りがありますが、彼女の場合には死ぬまで脱皮を繰り返し続けるのかもしれません。
*映画やTVドラマになったら面白そうなんですが、まだ映画化もTVドラマ化もされていなかったような。
| Permalink
|
| TrackBack (8)
January 02, 2005
何らかの原因で滅びてしまった古代縄文人。わずかに生き残った縄文人たちは子孫に「後継者」が現れ、古代縄文人の遺産を引き継ぐと語り伝えていた。少年・山門武は父の死の謎を説くため、誘われるように諏訪へと向かう。その道が暗黒神・スサノオに連なっているとも知らず...
聖痕と神器を受けるため、日本中をめぐる主人公。実は物語の前半からさりげなく暗示されている暗黒神・スサノオの正体。古代縄文人の遺産を横取りしようと武の後を付けねらう菊池彦と菊池一族(これがまた無残な最期を遂げるわけですが)。父の死と、主人公の体に刻まれていた聖痕のかかわり。聖痕と神器が全て揃い、謎が解けたときに暗黒神・スサノオが武の前に姿を現します。この謎解きは、ジグソーパズルを最後まで解いたときに似て非常に意外でした。そしてブラフマンから選択を迫られた主人公はスサノオと共にある決断を下すのですが、人類にとってそれは良かったのか悪かったのか...。「
デビルマン」のラストにも似た、全てが終わった後の静けさを感じさせます。絵柄がかなり独特ですしグロ描写もかなりありますが(餓鬼に菊池一族が壊滅させられるシーンにオトタチバナヒメが崩れるシーン...どちらもグロいです)、その辺に抵抗がなくて伝奇SFに興味のある方にはお勧めの作品です。
*結局この作品で一番長生きしたのは大神美弥ってことなんでしょうか(既に大神美弥とはいえないかもしれませんが)。
*この作品と対を成すんじゃないかと思うのが、同じ作者の「孔子暗黒伝」です。孔子や仏陀がどんどん出てきて、物語は宇宙にまでエスカレート...。そしてあのラスト。これもまたもう一つの暗黒神話と言えると思います。「赤の世から青の世に変わる」という巫女の言葉が赤方偏移を指していることに気づいたのはごく最近のことでした。
孔子暗黒伝諸星 大二郎
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 01, 2005
現代日本。伊耶輪神子は古代邪馬台国の巫女女王・卑弥呼の記憶を受け継ぎ、沖縄神女団の指導者となって卑弥呼の遺志を継ぐべく日本本土へと向かう。それは現代の日本において「マツリ」を執り行う旅の始まりだった...。
古代日本のどこかにあったといわれている邪馬台国とその女王・卑弥呼。物語は主人公が卑弥呼の記憶と霊力を受け継ぐところから始まります。阿蘇山において「マツリ」を執り行っていた卑弥呼。そして彼女を取り巻く巫女集団の末裔が沖縄神女というところから読んでいてワクワクしてきます。暴走すれば第二次世界大戦をも引き起こしてしまう日本人のエネルギー。そのエネルギーを発散させるためにはどうしても「マツリ」を執り行う必要がありました。これに対して日本の秩序を守るために主人公たちの前に立ちふさがる広目天(為政者から見ればマツリなんて行われた日には日本の秩序崩壊ですから、どうしても阻止しなければならないわけです)。妨害を受けながらもマツリに必要な祭具・オモイカネ(これは見てのお楽しみ。登場のシーンではあっと驚きます)を見出し、途中でマツリに不可欠なもう一つの要素・富士山の噴火を見届けて主人公たちは東京へと向かいます。邪馬台国の女王・卑弥呼に富士の噴火におまけに戦艦・大和さえも現れて物語はマツリへとなだれ込んでいきます。古代日本史に興味のある方にはお勧めの作品です。
*物語の後半でオモイカネ(銅製の祭具)に対抗してオモイクロカネ(こちらは多分鉄製)が現れますが、このオモイクロカネが大和に打ち落とされて落ちた先がなんとなく皇居のお堀に見えるのは気のせいでしょうか。この物語は縄文文化(銅製のオモイカネ-邪馬台国-卑弥呼)と弥生文化(鉄製のオモイクロカネ-皇室の代理としての広目天)の対立とも読めると思うんですが。
*ヤマタイカのプロローグともいえるのが同じ作者の「ヤマトの火」です。こちらの方が主人公と主人公の弟の年齢層が高いかな。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 31, 2004
人間が現れるはるか以前に地球を支配していたデーモン族。そのデーモン族が現代に蘇り、地球の支配権を人類の手から取り戻そうとしていた。不動明は親友の飛鳥了と共にデーモン族の手から人類を守るため、デーモン族の力と人間の心を合わせ持った存在・デビルマンになろうとするが、明だけがデビルマンになることに成功する。デーモン族から人類への宣戦布告は間近に迫っていた...。
決してうまいとはいえないが勢いと迫力のある絵、読み進むうちに人間不信になりそうなストーリーなど、どれを取っても強く印象に残る作品です。デーモン族は確かに人類に対して宣戦布告はしたのですが、人類は結局自分で自分の首を絞めて滅びてしまいます。一度目は核兵器で(こちらはもう少しと言うところで恐らくは旧約聖書に出てくる神と同じ存在によって阻止されますが)、二度目は疑心暗鬼による同士討ちで。主人公は当初はデーモン族から人類を守るためにデビルマンとなったのですが、当の人類から逆にデーモン族とみなされて追われ、守るべき存在であった牧村美樹をさえも暴徒によって失ってしまいます(このシーン、ホントにショッキングです)。そして、人類が滅びた後でサタン=デーモン族との最終決戦に臨むのです。もはや守るべきものは何一つないというのに。この世界を創った存在から見れば、人間など空き巣程度にしか見られていないというのも衝撃的でした。そしてラスト、全てが終わった地球のシーンは、聖書に出てくる最終戦争の後はこんな風なのかな...と思わせます(少なくとも人間にとっての救いなぞ、どこにもない)。小さいお子さんが見ればトラウマ&人間不信間違いなしの作品ですが、学生さん以降にはお勧めの作品です。
*シレーヌ、今見ても美しい...。
*原作のコミックと同時進行で放映されていたのがTV版のデビルマンです。こっちの方はコミックとはかなりテイストが違いますが(今考えると人類の運命は美樹ちゃん1人の存在にかかってるんですね)、最初の13話くらいはおどろおどろしい話が多かったように思います。特に妖獣ロックのエピソードはタレちゃんでなくてもちびりそうです。
| Permalink
|
| TrackBack (6)
December 30, 2004
ベトナム戦争時にひそかに米軍兵士に対して使用されていたドラッグ「バナナフィッシュ」。その効果は人間の精神を蝕み、兵器へと変える恐るべきものだった。日本人の少年・英二はたまたま訪れたニューヨークでストリートキッズのボス・アッシュと共にバナナフィッシュをめぐる争いに巻き込まれていく...。
ベトナム戦争時には戦争の恐怖から逃れるために麻薬に手を出し、中毒になった米軍兵士が多かったと言う話を聞いた覚えがあります。こんなドラッグも実在したかもしれないと思わせる点でリアリティを感じますね。そしてそのドラッグをめぐって争う米国政府高官、マフィア、ストリートキッズたち。主人公アッシュもまたキッズポルノの犠牲者でマフィアに目をつけられて...と、アメリカの暗部をてんこ盛りにしたような設定です(アッシュとバナナフィッシュとのかかわりも)。前半でバナナフィッシュをめぐる争いが描かれるあたりはテンポも良いし読んでいてはらはらしました。後半になってアッシュと英二のラブストーリー(ホモシーンは一切出てきませんが)に重点が置かれるようになり、アッシュの天才性が強調されるあたりからバナナフィッシュが前面に出てこなくなって話がちょっとだれた感じになりますが、前半の部分だけ読んでも面白い作品です。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
December 23, 2004
近未来。地球でさえない生活を送る主人公は広告に惹かれ、自分の好みの夢を体験できるリコール・マシンで憧れの火星旅行を体験しようとする。ところがその装置が彼のもう一つの記憶を呼び覚ますことになり...
今となってはカリフォルニア州知事となってしまったシュワちゃん主演の作品です。封印された記憶では自分は何者だったのか? 答えを求め、主人公は火星へと向かいます。今まで自分が真実だと信じてきたもの(自分の妻や友人)こそが実は全くの虚構で(主人公が記憶を取り戻しかけて混乱しているときに友人と妻だと信じていた者たちが襲い掛かってくるんですから、主人公にとっては悪夢でしょう)、封印されていた記憶に隠されていたものは...。主人公にとってかけがえのないものと、思い出したくもないような過去の自分の両方でした。そして主人公はかけがえのないもののために戦う決心をします。映画自体も面白いですが、印象に残るのが映像です。なかでも変装がばれてしまい、おばちゃんの顔が割れてシュワちゃんの素顔が出てくるシーンとか、主人公とヒロインが空気の少ない火星に放り出されて目が飛び出しそうになるシーンとか(深海魚が釣り上げられると目が飛び出ているのと同じですな)、インパクトが強すぎてストーリーがかすみそうです(笑)。そうそう、音楽もなかなかです。
*この映画の原作がP.K.ディックによる短編「追憶売ります」です。原作と映画ではかなり感じが違いますが、ディックファンには原作がお勧め...かな。「追憶売ります」は「
マイノリティ・リポート―ディック作品集
」に収録されています。
*ところで、さえない主人公が自分の好みの夢を体験できるマシンで楽しむつもりが自分の本当の記憶を呼び起こしてしまった...って、よく考えるとコブラ(原作は寺沢 武一氏のコミック)の導入部にそっくりなのでした。テイストは全く違いますが(コブラのほうはアダルトなアメコミという感じです)。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
December 19, 2004
丘の上の家。ある日突然悪の権化ロック・ナーが現れ、少女1人を残して家族を惨殺する。そして自分の力を誇示するため、少女にいろいろのエピソードを見せていく...。
公開はかなり前ですが、一部ではカルトアニメとして有名だった(らしい)作品です。絵柄は完全にアメコミ。悪の権化ロック・ナーをめぐるさまざまな物語をオムニバス形式で見せていきます(ラストでなぜロック・ナーが少女を襲ったのかも分かります)。エピソードは全7話ですが、その中で印象に残るのは近未来の大都会(多分ニューヨーク?)を流すタクシー運転手のおっちゃんのエピソード、(多分第2次世界大戦中の)爆撃機をめぐるエピソードと最終話のターナのエピソードです。おっちゃんのエピソードではロック・ナーなんかいなくてもこの世は十分悪に満ちてるなーと思わせます(おっちゃんもなかなかハードボイルドです。女に甘いだけでもないし)。爆撃機のエピソードはロック・ナー様の本領発揮です。ちょっとゾンビ映画に似てるかも。そして最終話のターナですが、ヒロインは他のアメコミのヒロイン(例えばバーバレラやワンダーウーマンなど)とはえらい違いです。まず、全然しゃべらない(最後まで無言のままでした)。それに、最後まで1人で戦い続け、ロック・ナーを滅ぼし、自らもまた滅んでいきます。カッコイイです。全編SEXありバイオレンスありグロ描写ありで、清廉潔白正義の味方文科省推薦映画にはまずなりそうもない作品ですが(お子さんのいる家庭にはお勧めしません)、アダルトな雰囲気のアニメを観たいという方にはお勧めです。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
December 07, 2004
古代の日本。厩戸皇子(聖徳太子)は幼い頃から聡明さを示し、後に推古女帝の摂政となる。皇子は自分の理想とする政治にまい進するが、それは朝廷の最大の実力者・蘇我馬子と衝突を避けつつ苦しい道を歩むことでもあった...。
この作品は厩戸皇子(聖徳太子)の幼い頃からを描いた作品です。皇子が少年の頃に当時の2大豪族、蘇我氏と物部氏の争いがあり、皇子も蘇我氏の側に立って参戦するのですが、この戦で浮き足立ちかけた味方を皇子がうまく静めたことから蘇我馬子に注目されることとなります。その後紆余曲折を経て皇子は推古女帝の摂政となるのですが、皇子の目指す政治は蘇我馬子を代表とする朝廷の豪族たちにとっては好ましいものではありませんでした。正面切って蘇我氏を敵に回せば簡単に殺されるでしょう(皇子も崇峻天皇が蘇我馬子に殺されるところを間近で見ていたはずです)。政治的な駆け引きをしつつ、自分の理想とする政治とは妥協しなければならない苦しい戦いが続きます。この作品ではそういう公の場での皇子の活躍だけでなく、少年時代の皇子の性の目覚めとか(けっこうませた子供に描かれてますな)、妻たちの扱いに手を焼く王子とか、我が子の行く末を案じる場面など人間らしい面も見せてくれます。皇子の晩年は...どうだったんでしょうね。この作品ではさらりとしか書かれていませんが、夢殿にこもりっきりの晩年と言うのはやはり不遇だったのではないかと思います。
*同じ厩戸皇子を描いた山岸涼子氏のコミック「日出処の天子」もお勧めです(こちらでは皇子を超常能力者として描いてますし、テイストは全然違いますが...)。こちらの作品は絵柄が少女漫画なので、その手の絵柄が苦手な人はご注意を。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 06, 2004
戦場で記憶を失った(多分)ユダヤ人の床屋(演じるのはチャールズ・チャップリン)。戦場から戻った後もナチスの迫害を受けるが、仲間たちと協力しながら生き抜いていく。ところがふとした偶然からナチスの独裁者ヒンケルと間違われ、入れ替わることになり...。
ご存知チャップリンがナチスの独裁者ヒトラーを批判して製作した映画です(製作当時はまだヒトラーへの批判が少なかったらしい)。独裁者と取り違えられた床屋がラストで語る大演説もものすごいですが、ちょっとした行き違いから自分に忠実だった将軍(モデルはロンメル将軍?)を更迭してしまい、後で「なぜ私を見捨てたのだ」といってひとり泣き出す独裁者のシーンが印象的でした。そして、なんといっても強烈な印象を残すのが、独裁者が地球に見立てた風船と戯れるシーンです。風船をもてあそぶときの独裁者の表情のなんとも楽しげなこと。しかし風船と戯れる時間は長くは続かず、風船は独裁者の目の前で割れてしまいます。このシーン、独裁者(ヒトラー)の今後を予言しているようで不気味です。
*独裁者がユダヤ人の床屋と瓜二つだった...というところで、手塚治虫氏のコミック「アドルフに告ぐ」を思い出しました。こちらの作品もお勧めです。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
November 26, 2004
ナポレオン失脚後のフランス、マルセイユ。エドモン・ダンテスは船長就任を打診され、許嫁のメルセデスとの結婚を控えて幸福の絶頂にあった。しかし彼の幸福をねたむ同僚たちから密告され、無実の罪で10年以上も投獄されてしまう。ついに脱獄を果たしたダンテスはモンテ・クリスト伯と名乗り、かつての同僚たちに復讐を始める...。
日本だと「岩窟王」の名前のほうが有名かもしれないアレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」です。これもまた復讐の物語なんですが、主人公は言葉巧みに仇敵に近付いて復讐を始めるのです。自分で直接手を下さず、相手が破滅していくように手を打っていく。そして相手が破滅したところで自分の素性を明かしてやるということです。最初から名乗って決闘や裁判に持ち込むくらいでは済まないほどの苦痛を与えられたら...やっぱりこういう復讐の手段をとるかもしれませんね。ひたすら復讐というわけではなくて、仇敵の娘と恩人の息子が恋に落ちてしまい頭を抱える主人公とか、かつての恋人の息子と対するときの主人公の何とも複雑な心境とか、当時のフランスでも名誉をずいぶん重んじていたらしいなど読んでいて面白いところが多いです。ちょっと長いですが、一気に読めると思います。そしてラストの「待て、そして希望を持て!」。いいせりふです。
*この作品なんですが、最初に読んだ翻訳版のあとがきを読むとどうやら実話を元にしたらしいのです。パリの青年がスパイ容疑で投獄されるが獄中でミラノの僧と親しくなり、出獄後に教えてもらった財宝を掘り出しその金の力で復讐を遂げた...本当にこんな話があったとは驚きです。
*この作品をモチーフにしたと思う作品は数多いですが、その中では江戸川乱歩の「
白髪鬼」と和田慎二氏のコミック「
銀色の髪の亜里沙」がお勧めです。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
November 17, 2004
*文庫版「
アブサン物語」も出ています。
作者夫婦の家にやってきた子猫。その子猫は「アブサン」と名づけられ、21歳で天寿を全うするまで作者夫婦と共に暮らし続けることになった...
作者夫婦と飼い猫アブサンとの、長い間にわたる関わりを描いた作品です。「アブサン」と言う名の由来は別にこの猫がアブサン好きなわけではなくて、まるでアブサンを飲みすぎたかのように嗄れ声で鳴き続けていたことからくるらしいです。猫を飼っている人なら恐らく思い当たるであろう数々のエピソード。作者が仕事中(つまり、原稿を書いているとき)に原稿用紙の上に近くにいるアブサンの尻尾が何度払っても垂れ下がってくるので、しかたなく片手で尻尾をつまみあげながら原稿を書いたというくだりには笑ってしまいました。そして、どんな生き物にも必ずやって来る老い。人間からみればあっという間に成長してあっという間に老いていくアブサンと共に最期の日々を作者夫婦は過ごします。どんな生き物でも別れを告げる日は必ず来るのだ、こんな風に看取られて死んでいけるのは幸せなことなのだと思っても...切ないものです。猫を飼っている方には最後のほうだけでも読むことをお勧めします。
*同じように老いた飼い犬と過ごした最期の日々をつづった作品に谷口ジロー氏のコミック「犬を飼う」があります。こちらもお勧めです。
犬を飼う
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 12, 2004
喪われた都市の記録 (下)

人類が太陽系の惑星に植民都市を建設しつつある近未来。火星で、金星で、木星で「ある物体」が発見され、惑星を離れて飛び去っていった。植民都市は甚大な損害をこうむった。そして人々に届く「惑星アイララ」からの声。はるか昔に滅んだと言う「惑星アイララ」は、なぜ今その活動を始めたのか?
遠い昔に滅亡の危機に瀕し、いつか再開することを願ってちりじりになっていった人々。しかしかれらのやり方は少し変わっていました。他の星に移住してアイララを再興するのではなく、自らアイララを粉々にし、アイララの土の中に身を隠して眠りについたのです。いつか人々がアイララの土と共に再結集すればアイララそのものがよみがえります。しかしそれは太陽系に植民を進めていた人類にとっては大きな脅威となるものでした(実際にはアイララの人々は地球にもたどり着いていたのですが)。どんな文明にもいつかは必ず訪れる「滅び」。それがどのような形をとるのかは分かりませんが、文明の終焉のあとに吹くのはいつも滅びの風です。時の流れの無常さを感じさせる作品です。
*植民都市の名前「東キャナル市」、「ヴィーナス・クリーク」、「浮遊都市(プランクトン・シティ)」がなんとも魅力的です。宇宙戦艦ヤマトに出てくる「浮遊大陸」はこの辺が元ネタかな?
*星の海に乗り出していった人々を描いた星野之宣氏のコミック「2001夜物語」もお勧めです。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
October 12, 2004
火の7日間と呼ばれる最終戦争によって大地が焼き尽くされた後の地球。腐海の拡大に押され、人類は残ったわずかな土地で長いたそがれの時代を生きていた。風の谷の族長の娘・ナウシカは、腐海を愛し、腐海の蟲たちとも心を通わせる不思議な力を持っていたが、大国トルメキアとペジテ市との争いに巻き込まれ...
最初に観たときにはそれまでとはかなり変わったデザインのメカ(他のアニメだとシャープな形のメカが多いんですが、この作品に出てくるメカって厚ぼったい形のものが多いと思います)、環境との共生というテーマ(今だったら当然みたいに出てきますが、これも公開当時はあまり話題になっていなかったと思います)、希望を感じさせる感動的なラスト、腐海に棲む不思議な蟲たち(モスラの幼虫に鎧をかぶせたような王蟲、
ワンダフル・ライフに出てくるアノマロカリスにそっくりな奴までいます)に目が行ってました。今改めて観直してみると、この映画、かなり深刻なものを抱えていると思います。
映画でも説明されてますが、腐海の役目というのが汚染された大地を浄化することなのです。で、人類(動物たちも含む)は汚染された土地に住んで細々と生きながらえているわけですから、腐海からみれば浄化すべき存在です。腐海の中心部に浄化を終えた清浄な大地が出来つつあるからといって、そこに汚染された人類が移住すればどうなるか?浄化された土地に人類の居場所はないんじゃないでしょうか。このあたり、この映画よりずっと後に完結した原作でも出てきます。原作では浄化された土地に住むべき生物たちが時の来るのを待っていたのです(ラストでの主人公の選択も、よくある救世主ものとはちょっと違う選択でした)。映画では単に感動的なシーンでまとめられていますが、腐海の役目を人類が知ってしまったら全力を挙げて腐海を排除しようとするかもしれません(その点では、クシャナやペジテ市の考え方は間違っていないのかも)。こういうことを考えながら観ていたら感動どころではなくなってしまいました。
*宮崎駿による原作コミックも出ています。映画と同じような感動を期待するとちょっとテイストが違うかもしれません。
| Permalink
|
| TrackBack (4)
September 28, 2004
Recent Comments